Exit tax/Form 8854-米国市民権・グリーンカード放棄年のタックスリターン
米国市民権やグリーンカードを放棄する際には、Exit Tax(正式名称は「Expatriation Tax(エクスパトリエーション・タックス)」)と呼ばれる特別な税務処理が必要となります。
これは、米国を離れる人々にとって避けられない重要なステップであり、その影響は個人の資産や今後の財務計画に大きく関わります。
本記事では、Exit Taxの基本概念から具体的な対策までを詳しく解説します。
Exit Taxとは何か?概要と基本概念の解説
米国市民権又はグリーンカードを放棄した場合、放棄の申請が受領された年に最終年の確定申告が必要になります。
また、対象者はForm8854の提出、Exit Tax(Expatriation Tax)の対象有無の確認が必要になります。
Exit Taxは、米国市民権や長期間のグリーンカードを放棄する際に、特定の条件を満たす個人に課される特別な税金です。
この税金は、米国を離れる際に発生する潜在的なキャピタルゲインを基に計算され、米国政府が税収を確保するために設けられています。
このセクションでは、Exit Taxの概要と基本概念について詳しく解説します。
(1)Exit Taxの目的
Exit Taxの主な目的は、米国市民や長期のグリーンカード保有者が米国を離れる際に、米国内で得た資産の増加分に対する税金を適切に徴収することです。
具体的には、次のような目的があります。
1.税収の確保
米国政府は、資産の売却や移転によって生じるキャピタルゲインに対する税収を確保することを目指しています。
Exit Taxは、この税収を逃さないための措置です。
2.課税回避の防止
米国市民やグリーンカード保有者が米国外に資産を移転して課税を回避するのを防ぐために設けられています。
これにより、税務上の公平性を保つことができます。
(2)Exit Taxの基本概念
Exit Taxは、次の基本概念に基づいて計算されます。
1.仮想売却の概念
米国市民権やグリーンカードを放棄する日を基準に、全ての資産が仮に売却されたとみなされます。
これにより、実際に売却しなくてもキャピタルゲインが計算され、その額に対して税金が課されます。
2.キャピタルゲインの計算
資産の取得価格(Basis)と放棄時の時価(Fair Market Value)の差額がキャピタルゲインとして計算されます。
このキャピタルゲインが課税対象となります。
3.Exclusion Amountの適用
2023年時点では、821,000ドルのExclusion Amount(控除額)が適用されます。
この控除額を超えるキャピタルゲインに対してのみ税金が課されます。
Form 8854の重要性と役割
Exit Taxは、米国市民権やグリーンカードを放棄する際に、特定の条件を満たす個人に対して課される税金です。
この税金の申告には、Form 8854(Initial and Annual Expatriation Statement)の提出が不可欠です。
このセクションでは、Form 8854の重要性と役割について詳しく解説します。
(1)Form 8854とは何か?
Form 8854は、米国市民権や長期グリーンカードを放棄する際に必要な書類です。
このフォームは、米国歳入庁(IRS)が個人の資産、負債、年間所得、ならびにExit Taxの計算に関する情報を把握するために使用されます。
具体的には、以下の情報を報告します。
1.個人情報
氏名、住所、社会保障番号、移民ステータスなどの基本的な個人情報。
2.資産と負債の明細
所有する全ての資産と負債の詳細なリスト。
これには、不動産、株式、退職金口座、銀行預金、その他の重要な資産が含まれます。
3.年間所得と納税状況
過去5年間の平均年間所得税額と、Exit Taxの対象となる年間所得額。
4.Exit Taxの計算
仮想売却によるキャピタルゲインの計算と、その結果としての税額。
(2)Form 8854の提出方法
Form 8854は、米国市民権やグリーンカードを放棄する年のタックスリターンの提出期限までにタックスリターンと合わせてIRSに提出する必要があります。
通常、この期日は翌年の4月15日です。
Form 8854は、Exit Taxにおける中心的な役割を果たす重要な書類です。
適切な時期に正確に提出することで、税務上のリスクを最小限に抑えることができます。
(3)Form 8854に関するペナルティー
Form 8854の提出は、米国の税務義務を終えるために必要な手続きの一部であり、特定の要件を満たしていない場合にはペナルティーが発生することがあります。
以下は、Form 8854に関連する主なペナルティーです。
1. 提出遅延または未提出に対するペナルティー
Form 8854を期限までに提出しなかった場合、または全く提出しなかった場合、IRSは重いペナルティーを課すことができます。
具体的なペナルティー額はケースバイケースですが、一般的には$10,000の罰金が課せられる可能性があります。
2. 過少申告ペナルティー
正しい情報を提供せずに資産や収益を過少申告した場合、IRSは過少申告ペナルティーを課すことができます。
このペナルティーは、税額の過少申告額に基づいて計算され、追加の利子が付加されることがあります。
対象者は誰?-Exit Taxの適用基準と条件
Exit Taxは、米国市民権を放棄する者や、長期間にわたりグリーンカードを保有していた者に適用される特別な税です。
このセクションでは、具体的にどのような条件を満たすとExit Taxの対象となるのか、その適用基準と条件を詳しく解説します。
(1)Form 8854 提出義務者
まず、以下のいずれかの条件を満たす者は、Exit Taxの課税対象となる可能性があるためForm 8854の提出が必要となります。
1.米国市民権を放棄する者
米国市民がその市民権を放棄する場合、Exit Taxの対象となります。
この手続きは、米国大使館または領事館で正式に行われます。
市民権放棄にかかわる手続きの詳細は米国大使館のWebサイトをご参照ください。
2.長期間のグリーンカード保有者
過去15年間のうち、8年以上グリーンカード(合法永住権)を保有していた者が対象となります。
ここでの「年」は暦年ではなく、任意の暦年の一部でもグリーンカードを保有していた場合にカウントされます。
つまり、グリーンカードを保有していたとしても、上記長期保有者に該当しない場合にはForm 8854の提出義務はなく、Exit Taxの適用対象者にもなりません。
(2)Exit Tax適用対象者
次に、これらの対象者がさらに以下の3つの基準のうち1つでも満たす場合、Exit Taxが適用されます。
- 純資産が2百万ドル以上
- 平均年間所得税が一定額を超える
- Form 8854の提出要件
1.純資産が2百万ドル以上
対象者の純資産(資産総額から負債を差し引いた額)が2百万ドルを超える場合。
2.平均年間所得税が一定額を超える
過去5年間の平均年間所得税額が一定額(2024年時点では約190,000ドル)を超える場合。
この額はインフレーションに応じて毎年調整されます。
3.Form 8854の提出要件
Form 8854で過去5年間の連邦税義務をすべて遵守していたことを証明できない場合。
これらの基準を満たす場合、Exit Taxの対象となり、Form 8854においてより詳細な情報の報告を行う義務が発生します。
Exit Taxの計算は、対象者の全資産が仮に売却されたと仮定して行われ、そのキャピタルゲインに対して課税されます。
したがって、Exit Taxの影響を最小限に抑えるためには、事前の計画と専門家の助言が不可欠です。
次のセクションでは、Exit Taxの具体的な計算方法と資産評価について詳しく見ていきます。
資産評価と課税方法:Exit Taxの計算方法
Exit Taxの計算は、米国市民権やグリーンカードを放棄する際の重要なステップです。
このセクションでは、具体的な資産評価方法と課税方法について詳しく解説します。
まず、Exit Taxの計算において最も重要なのは、対象者の全資産の評価です。
(1)資産評価の流れ
資産評価は以下の手順で行われます。
1.資産リストの作成
対象者は、自身が保有する全ての資産をリストアップします。
これには、不動産、株式、退職金口座、銀行預金、個人所有の事業、芸術品、貴金属などが含まれます。
2.時価評価
次に、これらの資産の時価を評価します。
時価とは、資産が市場で売却された場合に得られる金額のことです。
不動産であれば不動産査定士による評価、株式であれば市場価格、退職金口座であればその時点の残高などが基準となります。
3.負債の控除
資産評価の総額から負債(ローンや借金など)を差し引き、純資産を計算します。
これにより、対象者の正味の資産額が算出されます。
(2)Exit Taxの課税方法
次に、Exit Taxの課税方法について説明します。
課税は以下の手順で行われます。
1.仮想売却の計算
米国市民権やグリーンカードを放棄する日に全ての資産が仮に売却されたと仮定し、そのキャピタルゲインを計算します。
キャピタルゲインとは、資産の取得価格と売却価格の差額のことです。
2.キャピタルゲイン税の計算
計算されたキャピタルゲインに対して、通常のキャピタルゲイン税率が適用されます。
現行の長期キャピタルゲイン税率は、所得によって異なりますが、0%、15%、または20%となっています。
3.控除の適用
2023年時点では、一定額(821,000ドル)の控除が認められており、この額まではキャピタルゲインが非課税となります。
この控除額もインフレーションに応じて毎年調整されます。
4.税額の算出
控除額を超えるキャピタルゲインに対して課税が行われ、その税額がExit Taxとして確定されます。
Exit Taxの計算は非常に複雑であり、正確な資産評価と適切な税率の適用が求められます。
さらに、適用される税法や控除額は年度ごとに変更される可能性があるため、最新の情報を常に確認することが重要です。
専門家の助言を受けることで、Exit Taxの負担を最小限に抑える戦略を立てることができます。
ケーススタディ
Exit Taxは、個人の資産構成や状況に応じて、その影響と対策が大きく異なります。
ここでは、2つのケーススタディを通じて、具体的な実例と対策を詳しく解説します。
(1)ケーススタディ1:米国市民権を放棄する場合の例
【背景】
田中さんは、両親の米国駐在時に生まれ米国市民権を有していましたが、米国における確定申告及び納税の負担を避けるため米国市民権の放棄を計画しています。
田中さんは、日本に高額な不動産を所有しており、また、株式ポートフォリオと退職金プラン(401(k))も持っています。
【影響】
田中さんの資産評価は、以下のように行われます。
- 日本の不動産:市場価値2,000,000ドル、取得価格1,200,000ドル
- 株式ポートフォリオ:市場価値1,500,000ドル、取得価格1,000,000ドル
- 401(k)プラン:市場価値500,000ドル、取得価格300,000ドル
合計評価額から取得価格を差し引いたキャピタルゲインは、以下の通りです。
- 不動産:800,000ドル
- 株式ポートフォリオ:500,000ドル
- 401(k)プラン:200,000ドル
合計キャピタルゲインは1,500,000ドルとなり、Exclusion Amountの821,000ドルを差し引いた後、679,000ドルが課税対象となります。
(2)ケーススタディ2:長期間保有のグリーンカードを放棄する場合の例
【背景】
中村さんは、日本国籍であり、過去20年間にわたり米国でグリーンカードを保有していましたが、会社を定年退職し老後を日本で過ごすことからグリーンカードを放棄することにしました。
中村さんは、米国に株式投資と退職金プラン(IRA)を持っています。
【影響】
中村さんの資産評価は、以下のように行われます。
- 株式投資:市場価値800,000ドル、取得価格500,000ドル
- IRA:市場価値200,000ドル、取得価格150,000ドル
合計キャピタルゲインは、以下の通りです。
- 株式投資:300,000ドル
- IRA:50,000ドル
合計キャピタルゲインは350,000ドルとなりますが、Exclusion Amountの821,000ドルの範囲内のため、Exit Taxは非課税となります。
専門家に相談すべきタイミング:Exit Taxに備えるためのステップ
Exit Taxの影響を最小限に抑えるためには、専門家の助言を受けることが不可欠です。
市民権やグリーンカードを放棄する前に、適切なタイミングで専門家に相談することで、最適な税務戦略と財産計画を立てることができます。
このセクションでは、専門家に相談すべきタイミングとその理由について詳しく解説します。
(1)早期の相談が鍵
1.資産の全体像を把握する段階
Exit Taxに備える最初のステップは、自身の資産と負債の全体像を把握することです。
この段階で専門家に相談することで、資産評価やキャピタルゲインの計算に必要な情報を整理し、適切な計画を立てることができます。
2.移行計画を立てる段階
米国市民権やグリーンカードを放棄する決断を下した時点で、すぐに専門家に相談することが重要です。
この時点での相談により、移行計画を立て、税務上のリスクを最小限に抑えるための具体的な対策を講じることができます。
(2)具体的なタイミング
1.資産売却や移転を検討する際
Exit Taxの対象となる資産の売却や移転を検討する際には、事前に専門家に相談することで、キャピタルゲインの影響を最小限に抑える方法を見つけることができます。
これには、適切な売却タイミングの選定や、資産の再配置などが含まれます。
2.贈与や相続計画を立てる際
資産を家族や信託に贈与する計画を立てる際には、贈与税や相続税の免除額を最大限に活用するために、専門家の助言を受けることが重要です。
これにより、将来的な税務負担を軽減できます。
3.税務申告の準備段階
Exit Taxの申告を行う際には、Form 8854やその他必要な書類を正確に準備するために、専門家に相談することが不可欠です。
これにより、申告の誤りやペナルティを回避することができます。
(3)専門家の役割
1.税務戦略の立案
税務専門家は、個々の状況に応じた最適な税務戦略を立案します。
これには、資産の最適な売却タイミングの提案や、適格信託の活用などが含まれます。
2.法的アドバイスの提供
法務専門家は、資産保護のための法的手段や、国際的な税務調整に関するアドバイスを提供します。
これにより、法的リスクを回避し、資産を効果的に保護することができます。
3.申告手続きのサポート
税務申告の際には、専門家が書類の準備や提出をサポートします。
これにより、申告の正確性を確保し、ペナルティを回避することができます。
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監修者
小林 賢介
早稲田大学政治経済学部を卒業後、 有限責任監査法人トーマツのグローバルサービスグループ部門に入所。 2015年8月よりDeloitte NYに駐在。 その後、ニューヨークにて UNIVIS AMERICA LLC(Univis US)を立ち上げ、同所長に就任。